さらに。些細な生活

そのうちなんとか。

やり残しデイズ再び。

ニューノーマルとやらの影響だけでもないのだけれど、ここのところシゴト場でやたらシステムの入れ替え続きで、アタマも行動もついてゆかぬ。

いまの職場で生活の糧を賄っている以上は、苦手でもムリでも何でもどうにかついて行くしかないんだけど、最近また前方に立ち込める霧の中に「限界」の文字がじわじわ浮かび上がってくるような。

そんなコトもあってたぶんシゴトそのもの以上に疲労感も濃ゆめ。

 

そんなで家のコトもまたいろいろ滞り気味。

窓ガラス、風呂場の掃除と燻蒸、換気扇周りの掃除と、思いつくだけでもいろいろやり残し。こないだ半襟外した襦袢も、まだそのまま放置中。

しばらく前までは3日と空けずに揚まくっていた茄子も、しばらく作ってない。いますっごく食べたいのに。揚げ茄子。

それキモノのことばっかウツツ抜かしてっから、って言われれば、まぁそうなんだけども、でも実はそこまでキモノにばかり時間使ってるでもないはずなのに。

 

一頃はやった「丁寧な暮らし」。

そりゃ憧れてましたさ。

いまやその聖地的な「暮しの手帖」誌が「丁寧な暮らしでなくても」なんて表紙にコピー書いて出す時代にもなって、ともすれば揶揄気味のニュアンスを含むコトバとなってる気がしなくもない。

自分の場合「丁寧な暮らし」の前に、汚部屋とかカビとか水垢とか大量の埃とかと縁を切って、「フツーめの暮らし」がしたかったし、いまでもそう。あれこれ溜めずに、日々滞りなく過ごしていきたいただそれだけ。

 

手のかかる子どもや老人を見てるワケでもなく、ましては戦時下でもないのになんだろうこの体たらく、なんて考えは脇によけて、それでもまだ5年まえに越してきた時分よりは、衣食住ずいぶんマシになってるではないかと信じてというか宥め宥め。