さらに。些細な生活

そのうちなんとか。

シアワセのための雑巾チャレンジ。

市原悦子の「家政婦は見た!」というドラマのシリーズを、なんでそんなに好きだったのかも分からないくらいなんだけど、初めてウチに迎えたネコの名前はそのドラマの冒頭シーンに登場するネコの名に肖って「はるみ」ちゃん、なんである。

 

という話も、過去何回か書いてる。同じ話を何度も繰り返して着々とエイジング驀進中。

 

ちなみにこのドラマ、米倉涼子版もあったけど、さすがにリメイクというより別のドラマでこちらにはさほどの思い入れはないのだけど。

でもなぜかこちらの方で、大金持ちの老人に取り入って財産をせしめようとしている若い女の子が何気なく女のシアワセとはなんぞや的に京都弁(京都から来た設定だったので)で語る「えぇべべ着ておいしいもん食べて…」みたいな台詞は、何かの時に思い出したりする。

ちなみにこれが大阪弁設定だったら聞き流したのかもだけど、敢えて「そうなの?それだけなの?」って観ている側に異論を喚起するための台詞回しとして柔らかだけど含みありげな言葉遣いが効いてたのかも。

例えば米倉涼子版の主人公のように、仕事へのプライドとか。

この主人公もルブタンのハイヒール諦めきれなかったり、えぇべべに関しては別にストイックでもなんでもなさそうだったり。

 

あれ?それ別のドラマの話だったっけ?すでに記憶が混沌と。

 

結局なんの話をしようとしてたのか、自分でも見失いつつあるが、別にハイブランドの服とか星いくつのレストランとかいうのである必要はなくても、自分の身につけたいものを身につけることとか、なんとなくの間に合わせではなくて、コンビニでも屋台でもその時自分の食べたいと思ったものを食べるとか、そういうのもあんまり疎かでない方が、確かにシアワセには近い気はする。

それこそそんな事どうだってよくなるほどのシアワセ要素というか関心要素の方が高比率というヒトは、それはそれでいいと思うけど。

でもあんまりバランス悪くシアワセ要素が偏ってるのは傍で見てても危ないし、そういう時こそお気に入りの服とか好きな献立とか、よりプリミティブなシアワセ要素が支えてくれることってあるなぁ、とか。

 

ちなみに自分のシアワセ要素にもう一つ足すのなら、住環境。

ウチは個室取れないどことか、布団を六畳一間に敷き詰めて夜はオトナ4人とネコらもみんなそこで寝てるというかなかなか厳しい有様。

せめてせめて、居間や台所や廊下の床の上を埃玉が西部劇よろしくころころ舞っていたり、ネコ砂やカリカリ、柿の種のかけらが散ってたり、朝ちょっと部屋の中で足袋履いて歩きまわったら裏がうっすら汚れるとか、そういうのはどうにかしたいワケですよ。

てか、フツーそこまでならないか。どうやったらそうなるのか。なぜなるのかウチは。

 

と一昨日は歯医者までの時間ずっと掃除に費やし、昨日今日と朝出勤前に連日の床の雑巾がけで、昨日今日と気分はすっきり。カイシャ行って多少のコトがあっても比較的穏やかに過ごしていられる。

意外と床の汚れって自分にとってかなりストレスだった、というか、しなくちゃいけないと思いながらしないでいる自分の状態を何より突きつけてくる。

それこそここは禅寺の修行よろしく、目に見えて汚れてなかったとしても毎朝雑巾がけをするべきではないだろうか。

と、これまで何度もチャレンジしてはいつも3日坊主なんだけど、自分のシアワセのためにもそこはも少しがんばろーよ自分。

 

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他にも網戸とかガスレンジ周りとかいろいろ汚れが気になる場所はいくらでもあるけど、そこは追々。