さらに。些細な生活

そのうちなんとか。

徹頭徹尾ありきたりな人生を。

例年通り7月の声を聞いて早々に故・春菊ちゃんの夫君、豆氏からお中元が届く。

毎回書いてるけど、春菊ちゃんとワタシはそもそもそういうの一切やんない辺りが気の合うポイントだったような気もするんだが。

今年でそろそろ七回忌くらいだろうか。いや去年が七回忌だったかな。

去年12月はなんだかんだでとうとうお歳暮用意できず終いという失態というか失礼をやってしまったのを反省して、オーソドックスに中村屋の水ようかんに決めてネットで手配しといたけども、発送された気配はまだない。

 

新規感染124人、そのうち約50人がシンジュクエリアだそうで。

そんな言われましてもね。

行きも帰りも座れたり座れなかったりで座れないことの方が多い今日この頃。

そんな電車の中でふとシアワセということについて考える。

なにがキミのシアワセ、何をしてよろこぶ。分からないまま終わる、そんなのはいやだ…ってアンパンマンの歌。なんだかすごいな。

 

ありきたりの通勤電車で通う、ありきたりのシゴト。

思考回路のよく分からぬオット、経済活動を一切捨てたチョウナン、就職はしたけどカゾクにはなんか不機嫌な態度のジナンというありきたりさ。

そして片付かない家。無法に草茂る庭。暴れまわるネコ。

白くなるんだかならないんだか中途半端な鶏冠のような状態のゴマシオ髪。年相応?にあちこち不具合だらけだけど、とりあえず深刻な疾患は別にないカラダ。

そういう自分のすべてのありきたりさにうんざりしながら、でもそのありきたりさこそが自分の選んできた、愛着してきたモノなんだということを、春菊ちゃんと同じ年に亡くなってたコトを今年の春になって知った大学の同窓生の前衛小説と評される作品を、先月後半ようやくサービスの始まった図書館の閉架から借り出して、あらためて通勤電車で読みながら、思う。