さらに。些細な生活

なんとか、しようと。

押し流されて連休前。

生きててそう何回もない祝うべき日がむしろ腹立たしいの通り越して脱力の記憶に彩られるっていう、それも日頃の行いがよろしくないということかもだけど。

そんなんばっかで30年近くきていて耐性は十分。結局出かけなかった日曜の復活祭以来別にそこまで不機嫌に過ごしてたというワケでもなく、平常運行で日々押し流されるように今月も平成も終わりへと暮らす。

 シゴト場では周りよりも穏やかに過ごしている方だと自分でも思うけど、それはもはや怒りに回すエネルギー不足というたぶんに年齢的な理由もあるけど、「フツーこうするよね?」という想定ラインを軽く斜め上に越えて行くニンゲンがカゾクに2人もいるせいで、いろんなニンゲンがいるという諦めというか怒るだけムダっていう感覚が身につきすぎてるというのはあると思う。

それでもたまに「きぃーっ」ていう事が皆無でもないのは一重に身の不徳、修行の足らなさ。

 

銭金について (朝日文庫)

銭金について (朝日文庫)

 

 つくづくニンゲンの美しさよりは醜さと毒に満ち満ちた文章なんだけど、それでもタイムラインに流れてくる他者への嫉妬や承認欲求地獄の偽善塗り固めなんぞよりどれだけ美しいか。このヒトの描く憎悪はそんな覚悟の足りない生っちょろい垂れ流しとはコトバの格が全然違うのだ。

ただ、端々に見え隠れする結婚生活が思いの外の穏やかさが窺えて、もしそれがなかったらこのヒトの作品はもっと救いのない処に行ってしまってたかもしれない。

そんなこと思いながら読んでたらここんとこの日経新聞の夕刊にちょうどのタイミングで奥さんの文章がしばらく掲載されてて。やっぱりいいご夫婦だったんだなと重ねて思ってみたり。

 

やることは具体的にいろいろあるんだけど、なにひとつとしてやる気にならない。

どうしたもんか。