さらに。些細な生活

なんとか、しようと。

遊びをせんとや冥途の土産。

f:id:hx2:20180203153627j:plain

引き続き博多。おっぺけぺ。

f:id:hx2:20180203150513j:plain

夜の部「義経千本桜」『渡海屋』『大物浦』と「鰯賣戀曳網」。

特に鰯賣」は前々から観たかった演目で、博多座でかかると聞いてこれは逃せない、と去年からそれはそれは愉しみにしてて。

理不尽なくらい恋にしか興味のないお姫さま(あるいは町娘)っていうのは歌舞伎の一つのエッセンスだけど、それを軽快に楽しくコンパクトにまとめたコメディ。ほんとに今日願いかなって、なんて大げさだけど、観られてよかった。シアワセ。やっぱり中村屋の演目にはこういう楽しいのがいい。

『渡海屋』はついこの間もTVで芝翫さんでやってたけど、松也知盛もよかったというか、もうすっかり若手というより中堅の貫禄。松也さんは「あらしのよるに」のメイ役もよかったけど去年の大河の氏真といい、なんかすごく上昇気流を感じる。普段あんまり歌舞伎に興味はないハハでさえ「松也さんてこんなにうまかったっけねぇ、ちょっと涙出ちゃった」って隣で感動してた。

 

しかし、昼の部の終演から夜の部の入れ替えが40分、開場から開演まで20分という設計はちょっとだいじょうぶか?と思っていたけど案の定開場遅れて弁当売り場もトイレも大混乱。さらに休憩時間が「千本桜」と「鰯賣」の間の30分のみというのもどうなんだろ。博多座は物販もなかなか充実してていい劇場だと思うんだけど、これじゃせっかくの土産物も、買ってる時間がなくて売れるものも売れない気が。

もう少し入れ替え時間に余裕をとって、短い休憩1回増やして多少終演時間が遅くなったとしても、歌舞伎座なんかの終演時間に比べたらまだまだ全然早いのに。

 

 

それにつけても自分の中で歌舞伎というものは、能が生と死の境目の世界観なのに対して、死に縁どられた此岸とでも言ったらいいんだろうか。

 

ワタシの乏しいアタマの中身で主語の大きいことを考えるのはやめておいた方がいいかなとは思うんだけど、歌舞伎を観に行くとどうしても日本人にとっての死生観てなんなんだろうということをちらっと考えたりする。倫理観とか、そういうものとは少しばかり違う次元の感覚的なこと。