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さらに。些細な生活

なんとか、しようと。

のんびりな休み3日間は矢のように。

 

 年明けに図書館に予約して待つこと3ヶ月あまり。確かに自分に回ってきてみれば読み物としてさくさくとは読めない。というのは読み手側のワタシの能力事情に因るだけかもしれないけども。学術的な知識以上に、京都という町の位地、方位、距離感といった所謂土地勘も足りていないがゆえにピントが合わないのがほんと読んでてもどかしいというか悔しいというか。

これ読んでまた橋本治平家物語読み直したい、また信西という人物についてはまた改めて読み直してみたいと思ったり。

 

朝、テレ東で毎日「客主」という韓流歴ドラもやってて、時間帯的に残念ながら続きが観られないのだけど、こういうの観るにつけても、もっとちゃんと感覚として東アジア全体規模で歴史風俗が体感として掴めていれば、衣裳の柄ひとつにしたってどんなにか観ていておもしろいことだろうに。

 

そういう膨大な欲に対して、まるで追いついていかない自分のアタマのキャパシティ。

 

 

さて、義父が3日に退院して、昨日午後は家族4人で挨拶にオットの実家を訪ねる。

お義母さんの会話記憶リセットのスパンが会うたびさらに短くなってしまって、ほとんどレコードの音飛び並みに、いくつかのフレーズの繰り返し。一方でお義父さんの方は耳は遠いにしてもこちらはちゃんと話の流れは理解できているわけで、あんまりいい加減な相槌するわけにもいかず。

お義母さんはそもそも悪気のかけらもない方なので全く他意なく仰るのだけど、うちの孫で働いているのはRくん(オットのすぐ上の義兄のとこの上の子で、チョウナンと同い年)だけなのね、とか、義妹さんとこの上のNちゃんが毎日来てはお勝手の手伝いしてくれるけどその下の子は座ってお菓子食べてるだけとかいう話も5分おきに、それも5回め6回めとなってくると、相変わらず働いてないチョウナン、進学するという大義名分はあるにしてもまだ当分就職する気ないジナン、そしていま座ってお茶いただいてるだけのワタシにしたってもうどう返したもんかとお尻がむずむず、ちょっと居心地いいとは言い難く。

お義父さんもお疲れだからと小一時間で退散の帰り道、自分はどんな風に年をとっていくのだろう、あるいは年を取るまで生きているのだろうかとか、漠然と思ったり。こうありたいとかありたくないとか、選べるようなことではないのだけど。

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おうちで草取り、ネコの毛玉とりが、気楽でいい。でも明日からシゴト。しゅん。