さらに。些細な生活

なんとか、しようと。

年は老けても相変わらずにアタマ悪く暮らす初冬を。

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日曜の遅番の休憩の帰り。お天気のせいもあるかもだど、夕方5時前でほの暗くて、もうそんな季節なんだなとあらためて思う。

その翌日から今日までのシフトは日勤もしくは早番なのだけど、だいたいカイシャを出るのが20時半とか21時半とか。たぶんこれ12月第1週までは続く予感。

自分だけでなく周りもそんな感じで、みんなしていっぱいいっぱい感が職場中に漂っている。多少コトバ尻に「ん?」となることが1日に誰彼1度ならずだったりもするけど、それもしょうがないかとあまり腹もたたない。たてているヒマもない。帰ったらご飯食べてすぐ寝て、何も考えない。

配属されてから8年、ダイエットとリバウンドを繰り返していたTPくん異動で今日がうちの部での最終出勤日。愉快なヒトトナリだったから、なんだか1.5人分くらい寂しくなりそう。

こうしてまたヒトは減っていくのに、どうしてやることは増える一方なのだろうこのシゴト場は。

 

元々は明日から3連休というシフトだったものだから、休み初日に新橋演舞場から歌舞伎座をハシゴでチケット取ったのだけど。日頃の行いだかココロガケだか、結局シフト交替で金曜出勤となる。

新橋も歌舞伎座も前々から愉しみにしていた演目なのだからせいぜい楽しまなくてはだし、金曜乗りきれば、土曜は休み。だけど日曜がまた通し番で家の中も多少は片づけなくてはで、芝居の感想書く余力はないかも知れない。

MOさんは今日「ボヘミアン・ラプソディ」よかったと言ってたが、さてワタシは観に行く余裕あるだろうか。

今月のフクオカは予定外にヒマができたのだから、その時にでも行っとけばよかったかもだけど、わざわざフクオカで映画館に行かなくても、という気持ちもあって結局行かずに実家で1人でぼーっと過ごしてしまった。それはそれで正しい選択だったとも思うけど。

そもそもそこまでQUEENに思い入れあったのか?ていうトコもなんだけど、だったらだいぶ前六本木の映画館で観たANVILにQUEEN以上の思い入れはあっただろうか。Sid and Nancyはどうなのか。どうあれあれらはあれらで味わい深い映画ではあったけど。

 

と、どうでもよいこと思いめぐらして休み前の夜は更けていき、ワタシも年相応かそれ以上老けていく。取り急ぎ明日観るのはロックでもメタルでもパンクでもなく「犬神家の一族」に「法界坊」。

 

 

 

 

煮物と時代小説と。

f:id:hx2:20181117083507j:plain 休みとみれば、とにかく外に連れてゖと。

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なにが楽しいんだか分からんけど、それであなたがシアワセなら。

というか、外出してもらうまで、正面に来てヒトの目をじっと見据えて「なぁ」と鳴き続ける、階段を下りるたびどたどた慌ててついてくる、挙句の果てにまちこに当たり散らす、それでも連れてってもらえないとふて寝、という具合。

f:id:hx2:20181116161200j:plain 勘弁してほしいわまったく、のまちこ嬢。

取り込んだ洗濯モノに突っ込んで寝るのも、ちと勘弁なんですけど。

 

 

猫の相手の後はずっと台所。冷蔵庫の人参、レンコン、里芋の皮向いて、煮物、きんぴら、豚汁と地味系おかずばかり一気に作る。出かける用事の入っていない休みでもないととてもじゃないけどやる気にもならない里芋の皮むき。

 

今週のお題「読書の秋」

特に秋だから本読もうというもんでもない。

これが夏が近づく頃になるとちょっと手強そうな長編モノとか、古典に手を出してみたくなる傾向はある。夏休みという優雅なモノがあった頃の名残だろう。いまや夏休みどころか盆暮れ正月ゴールデンウィーク、どこにもほぼ連休なんていいとこ3連休、先々月偶然3年ぶりくらいに5連休もらったくらい。

 

最近読んだもの。

犬神家の一族 金田一耕助ファイル 5 (角川文庫)

犬神家の一族 金田一耕助ファイル 5 (角川文庫)

 
新選組 幕末の青嵐 (集英社文庫)

新選組 幕末の青嵐 (集英社文庫)

 
地虫鳴く 新選組裏表録 (集英社文庫)

地虫鳴く 新選組裏表録 (集英社文庫)

 
櫛挽道守 (集英社文庫)

櫛挽道守 (集英社文庫)

 
外科室・海城発電 他5篇 (岩波文庫)

外科室・海城発電 他5篇 (岩波文庫)

 
玄洋社・封印された実像

玄洋社・封印された実像

 
なでしこ御用帖 (集英社文庫)

なでしこ御用帖 (集英社文庫)

 

 相変わらずの脈絡のなさ。

 

宇江佐真理本は、実家のハハの本棚にあったのを寝しなに読んでから、今更のようにぽつぽつ読むようになったんだが。

なんだろうね。本当に悪人は出てこないし、すべての登場人物に、シアワセになってほしいなぁ~と思いながら読むんだけど、ワタシなんか疲れてる?てか年取ったのか?いや実際疲れてるし年も取ってるけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年最後の。

今週のお題「紅葉」

f:id:hx2:20181111100243j:plain   ウチのビンボくさい玄関先。手前のハゼのミニ盆栽、日当たりないせいか、そんな鮮やかではないけど。

後ろの猩々野村は元々暗い赤い葉のモミジだったのに気がついたら緑色。これからまた赤くなるのかな?

 

前回からあまり間が開いていないけど、この週末はフクオカ。

夏に今月の日程を決めたときにはこの日に墓終いの相談で、やや遠方にあるお寺まで出かける予定ではあったのだけど、言い出したハハが最近やたらあれこれ(主に知人と遊びに出かけて回るのに)多忙になってしまい、またそのうちにということになる。ということで、今月は書類の受け渡しくらいで早々に用事が終了。

 

午後、本家(と呼んでいるが実はこれはハハの実家)に挨拶。

庭猫の一部をようやく保護したそうで、小さいのがうにょうにょ5匹。小型犬と間違われるようなネコと暮らしているものだから、この小ささが新鮮で。

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白いのが一番きかん坊で、屑籠に潜り込んで爪みたいなちっちゃな歯をむいていっちょ前にしゃぁ言うてくる。その場で勝手に「しゃぁのすけ」と命名。いや、ウチにもらって帰るワケではないんだが(くれるというなら喜んで引き受けるけど)。

体調があまり思わしくない叔父と独身の従兄弟に家政婦のN子さんだけでいつもひっそりしている家に、ちびネコたちの賑わいでなんかいつになくほのぼの。

この仔たちはママ(前日手術から帰ってきたばかりで少し気がたってるそうなので別の部屋で保護中)ごとうまく中に保護できたのでよかったんだけど、この他にもまだ仔猫が4,5匹、手術済んでないオトナ女子たちも3匹くらいとか。この子たちも全員猫風邪みたいだし、寒くなる前に保護したいという話ではあるけど、とにかく全然なついていないからなかなか難しい様子。

 

 

翌日もハハはA絡みの予定が入って昼前から出かけるとのこと。一緒に来るかと聞かれるけど、従妹A絡みの行事で、ワタシ個人が親しいワケでもなんでもないその関係のヒトたちとの間を持たせるのも夕方までとなるとかなりシンドイので、適当な時間まで家で過ごすことにする。

ハハ、来週もまた友人たちと湯布院から高千穂へ旅行だとか。来月は忙しいから来なくていい(むしろ来てくれるなと言ってる?)ということで、今年はこれで最後。

そうやって元気に出歩いてくれている分にはこちらとしてもその分自分の用事に費やせるのでありがたいことではある。もちろん後期高齢者ではあるのでいつ何時急にということもありうるにしても。

 

そもそも今月はわざわざ来なくてもよかったんじゃないかとも言えるんだけど、まぁそれはそれ。カイシャからも自分の家のコトからも離れて気分転換とでも思うようにしないと、いろいろ精神衛生によろしくない。

どうせならゆっくりするさと実家で一人、ハハの本棚の文庫本を2冊ばかり読んでみたり、先週見てるけどもう一度「西郷どん」再放送も見たりしてごろごろ。

やっぱ青木さんの久光のシーンは、二度見たけどこのドラマの中で一番いい場面。まだ1ヶ月あまり放送が残ってるのにここで決めてしまうのもあれだけど、たぶん間違ってない予感。

家の前の公園の木もじんわり秋色。    f:id:hx2:20181110151703j:plain

f:id:hx2:20181110165305j:plain いつもはJRでまっすぐ博多駅だけどかなり時間も余っていることだし、一度天神に出てから昭和通りから大博通り

いつも思う事だけど、フクオカは決して南国ではないのに、空港近くとか所々こんな風にヤシの木みたいな街路樹植えたりしてるのはなんなんだろ。冬場に日本海からの風に晒されてるのを見るたび、却って寒々しい気分にしかならんのだが。

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古めかしいお寺をいくつか通りすぎる。めったにこっちには用事ないし、わざわざ来ないもんねぇ。そしてようやくの博多駅前はもう冬の電飾。

f:id:hx2:20181110175029j:plain 空港の、いつもの店で。昼を抜いたしちょっと歩いたし、カキフライ定食にもそそられるながらも結局鯖飯。季節が終わってしまったか、今度は茄子がメニューから消えていたので以上単品で。

がっつり行く気分だった割には食べてるうちになんでか途中で胃がいっぱいになる。毎回これだし次回こそは違う店にしてみてもいいかもと思ってみたり。

 

帰宅して、TV着けたらNHK「SONGS」にレキシ出てて、そのまま「植物男子ベランダ₋」観てから寝る。ニオイバンマツリの回。ウチにも一鉢あるんだけど、まだ花が咲いたことはない。

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翌朝明るくなって庭を見ればツワブキの花全開。ツワブキに関してだけは、どの株もやたらに元気。

f:id:hx2:20181111103947j:plain こないだ園芸市で買ったブータンルリマツリも今のところ好調。

 

そしてあらためて部屋の中。たった1泊2日の留守だったのに、家の中が出かける前以上に散らかってる。その散らかり具合がなんでか今回いつも以上。

もうしばらくは行かなくていいんだから、お正月まで2ヶ月足らず、ゆっくり片づけよう、なんて言ったところで、ワタシは年末年始もシフトは入るし、毎年結局お正月もなんも、って風情で年を迎えるだけなのだけど。

どうしてこういつまでたっても暮らし回しが上手くならないやら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地味な庭、地味な週末。

 

11月に入って土用もあと数日で明ければ立冬、なんだけど、冬支度というよりは引き続き夏じまいがまだ終わっていない。

f:id:hx2:20181103081832j:plain 土曜朝。カットソーの上にセーターを重ねてさらに上着を着ても早朝の路地は少し寒かったくらいなのに、少し時間が進むとまだ蚊にかまれたり。

しかしこのレンガ色セーター、10年くらい前に買った時点からこんなに薄かったっけ?って思うくらい防寒としての用をなさなくなりつつある。見切りをつけられずにいつまでも着るワタシがケチ臭いだけか。

 

午前中のうちに駅前の園芸市に出かける。手をかけられない以上手のかからない庭にしなくてはなのだけど、せっかく休みと開催日が合ったことだし。

で、白妙菊2株、黒竜2株、ブータンルリマツリ2株、千日小坊1株、山茶花1株で〆て2080円。シュウカイドウなんてさすがに出てないね(←未練がましい)。

そもそもこのチョイスでは地味庭にメリハリつくはずもないというか、ますます地味に磨きがかかるだけだが、まぁよろし。

 

f:id:hx2:20181103153326j:plain 昼ごはんの後ごろごろしてたら、結構な圧の視線が上から。

しょうがないのでまた玄関先を一回り。f:id:hx2:20181103154449j:plain 

 

午後は15時からまちこのワクチン。体重は去年の5㎏超えから少し減って5㎏切る。

いつもはるが隣だとから小さく見えても実はなかなかグラマラス。

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病院から帰ってきたら天岩戸で押入れに籠って怒ってるのは毎年のお約束。

 

夕食の後、今日のうちに片づけてしまおうと居間の模様替えを始めて風呂上りなのに汗だくになる。それでも溜まっていた埃一掃で気分はすっきり。

年越すまでこれを維持、できるくらいなら世話はない。

 

で、少し片付いた居間のTVで日曜はゆっくり全日本大学駅伝

出雲はシフトぶつかりで観られなかった。休みにあたってたってスタートからゴールまでをずっとまじめに観てるワケでもなく、台所やったり庭の続きをやったりしながらのいい加減観戦。

応援している大学は出雲に続いて残念な結果。でも昨日の実業団は贔屓のチームが勝ったみたい。まぁだからなんなの、てなとこだけど。

その程度の気の入り具合の応援。そういうのが自分に合ってる。野球やサッカーにはどうも入っていけないのはたぶんそういうとこ。

 

テレ東「小春姐さん奮闘記」再放送観ながらアイロンかけて、ちょっとうとうとして肌寒くて目が覚めて。今日は小雨で陽射しがないから2階も昼間から薄暗い。ネコも2匹ともずっと押入れに籠ってヒルネで静か。

まちこは今日になってもまだへそを曲げている。こじらせ女子め。

 

 

 

 

 

 

 

別れも告げず、秋。

彼岸過ぎた頃半袖は奥に片づけたものの、五分袖七分袖や薄麻のボトムなんかはまだ未練がましく着続けていた。暑がり気味の自分的にはよかったとしてもそろそろ傍目に寒々しいかしら?としまう準備。薄手のセーターとかスパッツとか合わせ技でまだ行けんじゃないの?とか、つい思ってしまうけども、さすがに明後日は11月。

夏モノをいつしまいきるかで毎回思い出す映画。

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 「9月に白い靴なんて」で殺意に走るヒトが現実にいては困るが。

杓子定規もどうかと思うけど、あんまり季節感がん無視主義もなんだし。

 

さてやる気がないのは通常運行だけど、今月はその通常にも増してやる気のなさに満ち満ちていて。ただただやる気がないままに寝起きし(普段以上に寝起きの寝の部分がやたらに長く)やる気ないがままとりあえずシフト通りには出勤し、やる気がないまま月例のフクオカ詣でも済ませ…、という感じで10月が終了。

 

そんなこんなで季節に置いてかれてる感半端ない今日この頃だけど、何が残念って先週くらいまではそこにあったはずの、さぁこれからっていう秋海棠が忽然と消えてたこと。代わりにじゃんじゃか伸び放題のハナニラ(今年はやけに早い気がする)の葉をかき分けて探すんだけど、いくら見ても、そこにいない。

弱っていく姿や枯れてしまったのを処分するのもそれはそれで悲しいが、地植えにした中にはそんな風に別れも告げず黙って去っていく奴らもちょくちょくいたりして、秋。はぁ…。

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土曜近所の整体に行ったらやんわり寝すぎと注意される。そう言われてもね、なんにもやる気しないし、早々に気力の電池が切れてしまうんだもの。

いくら寝てても文句言われないネコがうらやましい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりの、どっぷり歌舞伎。

久々に歌舞伎座。今年の芸術祭は十八代中村勘三郎追悼公演。

当初はやっぱり仁左衛門助六の夜の部だけのつもりだったのだけど、発売日をだいぶ過ぎてからふと魔がさしてチケットサイトを覗いたら。夜の部と同じ日で3階に残り1席だ。これは昼も行くべしってことね?と。

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昼の部の最初は「三人吉三巴白浪」。3年前観たシネマ歌舞伎の「三人吉三」以来、舞台でも一度は観たくって。お嬢はもちろん七之助、お坊と和尚は巳之助に獅童。今日の上演は3人の出会いの下りの部分だけ。 

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 その、自分的にはこの演目一番の見どころのお嬢吉三の名乗りのまさに最中。いやに荷物の多い同年配の大柄な女性が通路から「あのぉお席何番ですか」と話しかけてくるので慌ててバッグからチケット取りだして確認。

幕が開いた時点で隣の席が空いたままだったので、これは途中から誰か入ってくるとは思っていたんだが、よりによって演目の中で一番盛り上がろうってこのタイミングで。

結局席を間違ってたのは遅れてきた彼女の方。休憩に入ってから「すみません自分の番号が18番だと思い込んでて」とお詫びが一言あるくらいには感じ悪いヒトでもないんだけど。(歌舞伎だけに18番?)

席間違いは自分も飛行機でたまにやらかす(だいたい列ずれ。言い訳のようだけどシートでなく物入れに列が書いてあるからよく見ないとずれてしまう)けど、それでも自分の席と思ったところに先に誰か座ってたら、まず自分の券を先に確認してから相手に声をかけるけどなぁ。きっとチケット取った時点で取り間違えてたんだろう。

そしてその後も本来の席に着くのにごそごそ、荷物直すのにごそごそ。やっと落ち着いたかと思えばケータイの着信が鳴り出してまたごそごそ。

いろいろあって遅れて入るのは仕方ないにしても、劇場に着いた時点で荷物をまとめるなりロッカーに預けるなりケータイのスイッチ切るなりある程度支度を整えてから席に向かうとか、なんなら30分しかない演目がほぼ半分以上過ぎているんだから、終わるまで入口付近で少し待つとか。

休憩時間もさらに奥の席のヒトの出入りの気配にまったく気づけないでどっかり腰下ろしたままだったり、悪気は全くなさげでも失礼だけど立ち居振る舞いの端々に漂ってる鈍くさい感を、我が事として気をつけようと思った。

 

 

気を取り直して「大江山酒呑童子」。岡本玲子「陰陽師」最終巻だけ読んでなかったの今年になって読んだのを思い出しつつ、途中少し夢心地(…)。

陰陽師 玉手匣 7 (ヤングアニマルコミックス)

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f:id:hx2:20181005124734j:plain このあと35分の休憩でお弁当。たまには歌舞伎座内の食事処もありかなぁなんて思ったものの、結局新宿小田急で今半すきやき弁当を買ってって席で食べた。おいしおいし。最近なかなか弁当作りもままならんのだけど、今度こういうの家でも作ってみよ。

 

昼の部最後「東山桜荘子 佐倉義民伝」。

この演目は初めて。初演1851年、作品の題材自体はさらにその200年くらい。

直訴をするからには宗吾(白鸚)本人だけでなく妻子(七之助&子役)もほぼ死罪。その辺どう考えているのかいないのか。江戸へと発てばもう二度と会えないことより、その辺りのことをどう感じているのかが台詞回しからだとちょっとわかりづらいのは芝居を観てる自分の理解力の足りなさかもだけど。

「いがみの権太」や「まま炊き」、「寺子屋」、「熊谷陣屋」と主筋の身代わりに死んでしまうコドモの話は枚挙にいとまがないけど、それらとは似ているようで、ちょっと事情が違うような。幕末の江戸の観客はこの話、どういう受けとめようで観たんだろうか。

 

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そして夜の部。

これも3階席だけど、別のブロック。これで昼の部の隣の大荷物さんがまた隣だったらどうしようかとちょっと思ったけど、さすがにそこまでの偶然は起きない。

「宮島のだんまり」、これは「三人吉三」以上に本来の話から完全に切り離されちゃってる演目。衣裳からあれが誰、これが誰って役どころが分かるレベルには到達しないままで終わりそうなワタシ。

吉野山」は玉三郎静御前勘九郎狐忠信、早見藤太が巳之助。さすがにこの演目だけはこれまでに何回と見てるけど、何度見ても楽しい。鼓に張られた親の皮を慕って…って心理だけは何度見ても理解はしがたいけど。(だって親とはいえ鼓の皮、だよ?)

 

 

f:id:hx2:20181005182529j:plain この後はいよいよ「助六曲輪初花桜」ってことで、より一層ほろ酔い気分で仁左衛門さんの御姿に耽溺しようかと2階の売店でスパークリングワイン500円を。

 

この演目も2年ほど前に歌舞伎座で観たんだけど、海老蔵助六DQN感があれはあれでよかったかなぁ、とか恐ろしく失礼なコト言ってるけれども、でも助六ってつまりそういうお役なので。え?違います?

さて今年は仁左衛門助六。当代一の色男であることに、なんら異論はないけれどDQN感は薄くてさすがに気品が。え?だから助六ってそういうのと違うんですか?

いくら親の仇を探して刀を改めるのが目的とは言っても、ヒトのアタマに下駄載せたり股くぐれとか、粋というより、ねぇ。

そんな助六に入れあげて、上客である意休を袖にして恥をかかせる揚巻も揚巻でどうかとも思うけど、現実にはそういうことできないからこそ観てる側はすっきりするってのは分かる。

 

これも何年か前の公演で、玉三郎の妹背山のお三輪が花道に表れた瞬間観客の全員が息を飲んで劇場が真空状態のようになってたけど、今日も仁左衛門助六が花道に表れると、女性客のほぼ全員がいっせいにオペラグラスをスナイパーのようにすちゃっと装着するタイミングが揃っててすごかった。

今回は揚巻の七之助勘九郎の白酒売新兵衛。新兵衛と助六兄弟の母満江を玉三郎ってもったいないというか贅沢というか。生涯赤姫に固執するより老け役、指導役へとシフトしていく姿勢は潔いけど。

ちなみに12月の歌舞伎座夜のAプロは、もう映像でしか見られないのではと思っていた玉三郎「阿古屋」。これはチケット発売日をまず休みか遅番にしなくてはだけど、それでも取れるかどうか厳しそうだけど、なんとか観たい。

その前の11月猿之助初役の「法界坊」、これもまだ、発売前。

 

芝居道楽に関してはあんまり欲張る体力はないと自覚して、最近は行きたかったけど結諦めた公演がいくつもある。それでもなんだかんだ、こうやって狂騒はまだしばらくは続く、って感じ。

3回目の成人式を和服で歌舞伎座でプロジェクト、やっぱりもう少し実現に向けて真面目に考えようかな。とかまた少し欲というか未練というか。

 

 

 

 

 

 

 

 

一貫して益体もなくユー・メイ・ドリーム。

何もする気がなくて寝てばかりいるから、くだらない夢もよく見る。

 

部屋があり得なく散らかってるのは現実でもそうなんだが、ふと気がつくと奥にもう2部屋ほどあるのを発見(3年住んでる家なのに)。なんだ、もっと広く使えるじゃん、と小躍りしながらさらに階上に抜けるとそこは白壁の、外への出口になってて、目の前は地中海かっていうくらいの青い空と海だけ。

ちょっとなにこれすごいスマホ持ってきて写真撮んなきゃ!とか一気に軽薄に興奮して下へ戻ろうとして目が覚める。

なるほど夢か。そりゃそうでしょう。あんな青い色が現実のワケないもの、と妙に納得して起床。

 

自分の人生に一貫して不足しているモノすなわち時間、空間の余裕。さらに言ってしまえばそれを実現するだけの経済の余裕。もっと言えば精神的にすぐいっぱいいっぱいにならないで済むシゴト能力の余裕。

余裕がない現実からの逃避で寝てばかりいるからなおのコト、さらに余裕と縁遠い日常となり果てているのは分かっているんだが。

余白はないけど空白だらけの人生らしいが、だとしてもそれはそれでいいのよ。と最近は思う。なにがどういいんだかは知らんけど。